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タイでは恋愛も売春も、(弱者の)性奴隷、家内性奴隷も、意識のうえであまり境界はないのだということにも注意すべきである。

12歳で、親、タイ人ブローカー、白人の三者の犠牲になって白人男のレンタルワイフとして売られた山岳少数民族の少女は、その翌日から普通に「ファ ラン(白人)のガールフレンド」と称して堂々と生活していくのである。ひょっとしたらいままでより偉そうに外を歩けるかもしれない。

そういう沙汰を(良くも?悪くも)平然と許容してきたのがタイ社会、タイ国家なのである。

それがタイの「マイペンライ」の現実の意味であり、「マイペンライ」の道義上の性格である。

タイヲタが「マイペンライだマイペンライだ」と喜んでいるのは、このような沙汰を平然と許容する道徳水準を自分は受け入れているんだという告白だと思わなければならない。

今度どこかで「マイペンライ」という言葉を見たり聞いたりしたら、それはアパートの隣の部屋に白人男が小学生のアジア人少女と逗留し、淫蕩に耽っているのを見ても何も感じず平然と暮らせる感性のことだと肝に銘じるべきである。